「光」は、なぜ人の心を動かすのか?──印象派からUIデザインまで

「光」は、なぜ人の心を動かすのか?──印象派からUIデザインまで

朝焼けが差し込む部屋、夕暮れの光に染まる街、スマートフォンのガラスに反射する光──。私たちは日々、無意識のうちに「光」によって感情を動かされています。視覚的な体験を形作るうえで、光の存在は欠かせない要素です。

この“光が与える印象”に、最も敏感に反応してきたのがアーティストたちでした。特に印象派と呼ばれる画家たちは、自然光の微妙な変化を捉え、見る者の感情に訴えかける表現を模索しました。そして現代において、その感性はデジタルデザインの領域──UI・UXの演出──にまで引き継がれています。

「大気を描いた男」──ターナーと光のにじみ

19世紀初頭、イギリスの画家ウィリアム・ターナー(J.M.W. Turner)は、自然風景における光と空気の変化をテーマに数々の作品を生み出しました。彼は単なる風景の写実ではなく、「光そのもの」の動きや透明感、拡散する空気感をキャンバス上で再現しようとしました。

たとえば代表作『雨、蒸気、スピード』では、鉄道のスピード感とともに、大気中の水分や光の反射を混ざり合う色彩で描いています。輪郭線を曖昧にし、光が“漂う”ような表現に挑戦した彼の画風は、のちの印象派にも大きな影響を与えました。

ターナーは「光は形を壊し、感情を揺さぶるもの」と考え、対象物の正確な形よりも、そこに差し込む光のグラデーションにこだわりました。現代でいう「雰囲気そのもののデザイン」に近い発想です。

「時間を描く画家」──モネと光の変化

フランスの画家クロード・モネは、印象派の代表的存在です。彼は“同じモチーフ”を“異なる時間帯”で何度も描くという手法を用い、光の移ろいを絵画に記録しようとしました。とくに『ルーアン大聖堂』シリーズや『積みわら』シリーズは、朝、昼、夕方の光の変化を丹念に描き分けています。

モネにとって光は、対象物の色や雰囲気をすべて変えてしまう存在でした。彼は「目で見たままを描くのではなく、目で“感じた”印象を描く」と語っており、まさに「印象派(Impressionism)」の名の由来となる思想を体現しています。

彼の筆致は細部を省き、光の粒子を感じさせるようなタッチで構成されており、まるで視界の一瞬を切り取ったような感覚を与えます。それはまさに、「一瞬の美」をデザインでどう表現するか、という現代UXに通じる問いでもあります。

「心の光を描く」──ゴッホと感情の放射

ビンセント・ゴッホは、物理的な光の再現ではなく、“感情の光”を絵画で描いた画家です。彼の作品には、太陽、星、ランプといった「発光するもの」が多く登場し、まるで画面からエネルギーが放たれているかのような印象を与えます。

代表作『星月夜』では、夜空の星々が渦を巻きながら輝き、まるで宇宙全体が生きているかのような動きを感じさせます。また、『夜のカフェテラス』では、黄色いランプの光が暖かさと孤独感の両方を表現しており、光が「心理的な印象」に直結していることがわかります。

ゴッホの描いた光は、実際の光源ではなく「心の中の光」──見る人の感情や記憶と深くつながるビジュアル体験です。これは現代において、UI上のグラデーションや動きがユーザーの気持ちを左右する構造と通じるところがあります。

「光の演出」は、インターフェースの時代へ

現代において、私たちが触れているのは絵画ではなく、画面です。では、UIにおける「光の演出」とはどのようなものでしょうか。その答えのひとつが、Appleが導入した「リキッドグラス」デザインにあります。

リキッドグラス(Liquid Glass)は、背景光の屈折や半透明のレイヤーを活用し、奥行きや情報の階層性を直感的に伝えるインターフェースデザインです。タッチ操作に対して、まるで「光が反応している」かのような感覚が得られることで、ユーザーはインターフェースを“触れて感じるもの”として認識できます。

リキッドグラスは単なる装飾ではなく、視覚的な意味構造や空間感覚を「光」で示す手法ともいえるのです。印象派が追い求めた「光と印象の関係性」は、150年以上の時を経て、デジタルインターフェースという形で再び私たちの前に現れているのかもしれません。

まとめ

光は、絵画の世界でも、UIの世界でも、“印象”をつくり出す原動力です。見る人の感情を動かし、体験に奥行きを与える光の力。ターナーやモネ、ゴッホの感性は、いまや画面上のガラスや半透明レイヤーを通じて、現代のユーザー体験にも静かに息づいています。

参考リンク