UXデザインはゲームから学べ:右矢印に込められた文化的体験

ゲームが育んだUIの感覚:なぜ“右矢印”は“すすむ”なのか

「→」に意味がある理由:視覚言語とメンタルモデル

私たちが日常的に目にする「→」というアイコン。その多くは「次へ」や「進む」といった意味で使われています。Webサイトのボタン、アプリのページ送り、スライダーなど、あらゆるインターフェースで「→」は当然のように“前進”を示す記号として存在しています。

このように、何気なく理解している「→=進む」という解釈は、視覚言語(ビジュアルランゲージ)と呼ばれるものの一種であり、さらにその背景には「メンタルモデル」としての刷り込みが関係しています。メンタルモデルとは、ユーザーが過去の経験をもとに無意識に思い描く「こうすれば、こうなるだろう」という思考パターンのこと。つまり、「矢印を見ると進むと感じる」のは、過去にそうした体験を繰り返してきたからなのです。

視覚言語は、言語を越えて共通理解を形成するツールとして非常に重要です。ですが、その背景にある文化や経験が異なれば、意味の受け取り方も変わる可能性があります。視覚記号は一見グローバルなようで、実は非常にローカルな体験に根ざしていることが少なくありません。

ゲームがもたらした“進行感覚”:マリオの功績

この「右に進むとステージが進む」という感覚を社会に広めた代表的な存在として、1985年に任天堂が発売したファミコン用ゲーム『スーパーマリオブラザーズ』があります。ゲーム内では、主人公マリオが常に右方向へ移動することでステージを進行し、ゴールへ向かいます。

当時の子どもたちは、何度もこの「右に進むことで新しい世界が現れる」体験を繰り返しました。この一連の操作体験は、単なる遊びを超え、「右=前進」「左=後退」という感覚を身体的に学ぶプロセスでもありました。そしてこの感覚は、成長してからも無意識に行動の前提となっていきます。

つまり、『マリオ』というゲームは、UIにおける「→」の意味づけを形づくった、非常に強力な文化的体験の源ともいえるのです。マリオが右に走るだけでなく、障害を乗り越え、敵をかわし、コインを獲得するという“成功体験”がこの進行方向の感覚をさらに強めたとも言えるでしょう。
このように、子どもの頃の遊びが、その後の情報デザインやナビゲーションの理解にまで影響を与えるのは、メンタルモデルという観点で非常に示唆に富んでいます。

UIとゲームデザインの交差点

ゲームデザインとUI設計は、ユーザーが情報とどのように関わるかという点で、非常に多くの共通点があります。たとえば、HP(体力)ゲージやミニマップ、インベントリの並び順、レベル選択画面などは、ゲーム独自のUIとして定着してきましたが、これらの構造やレイアウトは、現在のWebサイトやアプリUIにも強く影響を与えています。

また、ゲームではプレイヤーの「操作に対する反応」が極めて重要です。ボタンを押すと即座にキャラクターがジャンプしたり、敵が反応したりすることで、ユーザーは「操作している」という実感を得ます。この反応速度やフィードバックのあり方は、UXにおいても重要な指標です。レスポンスが遅ければユーザーは不安を感じ、スムーズな反応があれば気持ちよく操作を継続できます。

この“操作と反応の気持ちよさ”は、ゲームを通じて培われた期待値でもあります。UI設計者はこの期待に応えるために、ボタンの押下時のアニメーション、ローディング中の工夫、押し間違えを防ぐインタラクション設計などに配慮しています。ゲーム体験がなければ、これほどまでに洗練されたUX設計は存在しなかったかもしれません。

文化の違いがUXに与える影響

とはいえ、「右が前進」という感覚が通じるのは、あくまで一部の文化圏に限られます。たとえば、アラビア語やヘブライ語のように右から左へと文章を読む文化圏では、「左方向が進行」と捉えられる場合もあります。このように、UIの矢印一つ取っても、普遍的とは言い切れない背景があります。

そのため、グローバルなアプリケーションやWebサービスでは、こうした文化的前提を慎重に扱う必要があります。UI設計では「ローカライズ(現地化)」のプロセスが重視され、言語の翻訳だけでなく、アイコンや操作フロー、レイアウトの方向性まで見直されることもあります。
UXデザインにおいて、ユーザーの「前提」を読み解くことは、設計の出発点です。私たちが何気なく「これが正解」と思っているUIも、別の文化圏では誤解や混乱を生むことがある。この視点を持つことで、より多様性に配慮したインターフェースが実現されていきます。

ゲームから学ぶUI/UX設計のヒント

ゲームには、UI/UX設計に活かせるヒントが数多く詰まっています。たとえば、ゲームのチュートリアルは、新しい操作やルールを自然に学ばせる優れた“オンボーディング体験”の一種です。Webサービスの初回ガイドやフォーム入力のヒント表示なども、同様の考え方に基づいています。

また、ユーザーにとって「自分で選択した」という感覚を持たせる設計も、ゲーム体験から学べる大切な要素です。ゲームでは複数の選択肢を提示し、プレイヤーに自由な行動を促すことで、主体的な体験が生まれます。UI設計でも、ユーザーが「押したくなるボタン」「選びたくなる導線」を配置することで、自然なナビゲーションを形成できます。

さらに、ゲームにおける「気持ちいい操作感」──たとえば、ジャンプした瞬間の音、敵を倒したときの演出などは、UXの文脈で言えば“報酬のフィードバック”と捉えられます。CTAボタンを押したときのエフェクト、フォーム送信完了のサンクスメッセージなど、UIにおける達成感の演出は、まさにゲーム的な発想の応用といえます。

日常に根づく「ゲーム的UI」:タブレット注文端末の例

近年では、ファミリーレストランや回転寿司店などで導入されているタブレット注文端末にも、“ゲーム的UI”の影響が色濃く見られます。これらの端末は、直感的な操作と素早いレスポンス、視覚的なフィードバックによって、誰もが迷わずに使える設計が施されています。

たとえば、料理を選ぶと「ピコン」と音が鳴る演出や、画面全体に表示される注文確定のアニメーション。これらはまさに、ゲームにおける「成功の報酬」を模したUX設計です。ユーザーは自分の操作に対して明確な反応が返ってくることで、「ちゃんと注文できた」という安心感を得ることができます。

また、カテゴリメニューの構造や“次へ進む”ボタンの配置にも、ゲームUIに通じる誘導設計が見られます。迷わせない導線、押し間違えを防ぐボタンサイズ、選択肢をビジュアルで分類する工夫など、すべてが「遊びながら学ぶ」体験に慣れた現代のユーザーにとって自然に感じられるよう設計されています。

特に子どもや高齢者といった幅広い層が使う環境では、複雑な説明や細かい操作よりも、“感覚的にわかる”という要素が重要です。ゲームで培われた“操作の文脈”が、こうした実店舗のデジタル体験にも活用されているのです。

このように、UI/UX設計においてはゲームが持つ「楽しくわかりやすい体験」をうまく抽出し、リアルな環境に応用する姿勢が、より良いサービス体験の鍵となっています。

まとめ

「右矢印=進む」という直感は、私たちが子どもの頃に体験したゲーム──特に『スーパーマリオブラザーズ』のような右スクロール型のアクションゲーム──から無意識のうちに形成されたものです。このような文化的経験は、UIデザインの背後にあるメンタルモデルとして、現在のWebやアプリの設計にも深く影響しています。UI/UX設計においては、こうした記憶や習慣、文化的背景に目を向けることが、直感的で心地よい体験設計につながります。ゲームというエンターテインメントの枠を超えた学びが、デジタルプロダクトの未来をより豊かにしていくのです。