Webアクセシビリティという言葉を耳にする機会が増えてきました。しかし、その意味するところを正確にご存じの方は、まだそれほど多くないかもしれません。このシリーズでは、Webアクセシビリティが「特別な対応」ではなく「すべての人に届く設計思想」であることを、全6回にわたってお伝えしていきます。
朝の通勤電車でスマートフォンの画面を見ようとして、日差しが眩しくて文字が読めない。急いでいるのに、小さなボタンがうまく押せない。せっかくたどり着いたページなのに、専門用語ばかりで内容が頭に入ってこない。こうした経験は、きっと多くの方に心当たりがあるのではないでしょうか。実はこれらはすべて、Webアクセシビリティが解決しようとしている課題と地続きです。一部の人のための特別な配慮ではなく、あらゆる人の「使いにくい」を設計で丁寧に解消していく。それが、私たちサンアンドムーンが大切にしているUXデザインの出発点です。
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特別な対応ではなく、すべての人への配慮である
「アクセシビリティ」と聞くと、障害のある方のための専門的な対応を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろんそれは大切な側面のひとつですが、実はもう少し広い意味を持っています。アクセシビリティとは、英語の「access(たどり着く)」と「ability(できること)」を組み合わせた言葉です。つまり、「情報やサービスにたどり着ける状態をつくること」がその本質です。
たとえば、老眼が進んで小さな文字が読みづらくなった方。片手に荷物を持っていてスマートフォンの操作がしにくい方。慣れない業界用語ばかりのページに戸惑っている方。こうした「ちょっとした使いにくさ」を感じている人は、想像以上にたくさんいらっしゃいます。
Webアクセシビリティとは、こうした多様な状況にある方々が、等しく情報にたどり着けるようにするための設計の考え方です。特別な誰かのためではなく、今この瞬間にWebサイトを訪れているすべての方に向けた配慮。それは「やさしさ」というよりも、「丁寧さ」に近い感覚かもしれません。そして、この丁寧さは結果として、サイト全体の使いやすさをそっと底上げしてくれるのです。
「使いにくい」は、誰のすぐそばにもある
アクセシビリティの話をすると、「うちのサイトの訪問者にはあまり関係ないのでは」という声をいただくことがあります。お気持ちはわかります。でも、「使いにくい」という体験は、実は誰のすぐそばにもあるのです。
夕方、長時間のデスクワークで目が疲れているとき、薄い色の文字は途端に読みにくくなります。満員電車の中で片手しか使えないとき、小さなリンクを正確にタップするのはとても大変です。外出先で太陽光が画面に反射しているとき、コントラストの低いデザインでは内容を読み取ることすら難しくなります。
こうした状況は、障害の有無に関係なく、日常的に誰にでも起こりうるものです。永続的な障害だけでなく、一時的なもの(骨折して片手が使えない、目の手術後で視力が安定しないなど)や、その場の環境によるもの(騒がしくて音声が聞こえない、暗い場所で画面が見えにくいなど)もあります。
つまり、アクセシビリティへの配慮は、特定の誰かのためだけではなく、すべての訪問者の体験をそっと支える土台なのです。「自分には関係ない」と思っていたことが、実は自分自身の体験にもつながっている——そう気づくだけでも、Webサイトの見え方が少し変わるかもしれません。
アクセシビリティが求められる社会的背景
ここ数年、Webアクセシビリティへの関心が急速に高まっている背景には、いくつかの社会的な変化があります。
ひとつは、インターネットが生活のあらゆる場面に溶け込んだことです。買い物、行政手続き、医療の予約、学びの場、求人への応募——かつてはオフラインで完結していた多くのことが、Webを通じて行われるようになりました。これは便利さの裏返しとして、Webが「使えない」ということが社会参加そのものを難しくしてしまう、という状況を生み出しています。
もうひとつは、利用者の多様化です。日本は世界でも有数の高齢社会であり、視力や聴力、操作の精度に不安を抱える方が年々増えています。また、日本語を母語としない方がWebサイトを利用する場面も珍しくなくなりました。さらに、スマートフォンの普及によって、パソコンとはまったく異なる環境で情報を受け取る方も増えています。
こうした背景から、Webアクセシビリティは「対応しておくと好ましいもの」から「設計に組み込むべき前提」へと、少しずつその位置づけが変わってきています。見方を変えれば、より多くの人に届くWebサイトをつくるチャンスが、今まさに広がっているとも言えるのです。
JIS X 8341-3が示す、設計品質の四つの原則
Webアクセシビリティについて調べると、「JIS X 8341-3」という規格名に出会うことがあります。少し堅い名前ですが、中身はとても実践的で、Web制作の現場で日々の設計を見つめ直す視点が詰まっています。
JIS X 8341-3は、Webコンテンツが満たすべきアクセシビリティの品質基準を定めた日本産業規格です。国際的なガイドラインであるWCAGと整合しており、国内外で広く参照されている設計指針でもあります。公共機関のWebサイトでは準拠が求められていますが、その考え方は民間企業のサイトにとっても大切な指針になります。
この規格の核となるのが、四つの原則です。「知覚可能」——文字や画像、音声などの情報が、さまざまな方法で認識できること。「操作可能」——キーボードやタッチ操作など、多様な方法でサイトを操作できること。「理解可能」——ページの構造や言葉が直感的にわかり、予測しやすい動きをすること。「堅牢」——読み上げソフトなどの支援技術でも正しく動作すること。
どれも、Webサイトを訪れる方にとってとても大切なことばかりだと感じていただけるのではないでしょうか。私たちサンアンドムーンも、この規格に基づいたアクセシビリティ対応の実績があり、日々の制作の中でこの四つの原則を意識しながら設計に取り組んでいます。このシリーズでも、これらの原則を道しるべにしながら、具体的な設計のポイントをお伝えしていきます。
小さな会社にこそ、取り組む意味がある
「アクセシビリティ対応って、大企業や公共機関の話でしょう?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。たしかに、大きな組織では専門チームを設けて取り組んでいるケースが増えています。でも、私たちは小さな会社にこそ取り組む価値があると感じています。
大企業のWebサイトには、多くの人手と予算が投じられています。一方、中小企業のWebサイトは、限られたリソースの中で運営されていることがほとんどです。だからこそ、ひとつひとつの改善がダイレクトに成果として返ってきます。文字の読みやすさを見直しただけで問い合わせが増えた、ボタンの配置を変えただけで離脱率が下がった——そんなうれしい変化は、決して珍しくありません。
また、アクセシビリティに配慮したWebサイトは、企業の姿勢そのものを映し出します。「この会社は、来てくれた人のことをちゃんと考えているんだな」という印象は、信頼感につながります。初めて訪れた方が「読みやすいな」「わかりやすいな」と感じてくださるかどうかは、その後のお問い合わせや来店のきっかけにも直結します。
さらに、中小企業のWebサイトはページ数が比較的少ないことが多く、改善の範囲を把握しやすいという利点もあります。大がかりな改修は必要ありません。まずは自社のサイトを「初めて訪れる人の目」で、やさしい気持ちで眺めてみること。その小さな一歩が、すべての人に届くWebサイトへの第一歩になります。
「あたりまえの設計思想」として捉え直す
ここまでお読みいただいて、アクセシビリティが「特別な対応」ではないことを、少しでも感じていただけていたらうれしく思います。見やすい文字、わかりやすい構造、操作しやすいボタン——こうした要素は、本来すべてのWebサイトに備わっていてほしい「あたりまえ」のことです。
しかし現実には、この「あたりまえ」が十分に実現されていないWebサイトは少なくありません。デザインの見た目を優先するあまりコントラストが不足していたり、おしゃれなアニメーションが操作の妨げになっていたり。こうした状況の多くは、意図的に誰かを排除しようとしているのではなく、ただ「気づいていなかった」ことから生まれています。
だからこそ、アクセシビリティを「追加の対応」として捉えるのではなく、設計の初期段階から当然の前提として組み込むことが大切です。建物を設計するときにスロープやエレベーターを最初から計画に含めるように、Webサイトの設計にもアクセシビリティの視点を最初からそっと織り込む。後から対応するよりも、はじめから考慮に入れた方が、コストも労力もずっと少なくて済みます。
このシリーズを通じて、私たちがお伝えしたいのはまさにこの考え方です。アクセシビリティは義務や負担ではなく、Webサイトの品質を高め、より多くの方に届けるための設計思想です。「あたりまえ」のことを「あたりまえ」にできるWebサイトが、ひとつでも増えていくことを願って、次回以降も具体的なテーマをひとつずつ丁寧に掘り下げていきます。
まとめ
Webアクセシビリティとは、障害のある方だけでなく、あらゆる状況にある方がWebサイトの情報に等しくたどり着けるようにするための設計思想です。「使いにくい」という体験は特定の人だけのものではなく、疲れ目や片手操作など、誰もが日常的に直面しうるものです。JIS X 8341-3が示す「知覚可能」「操作可能」「理解可能」「堅牢」の四つの原則は、Webサイトの品質をやさしく見つめ直すための実践的な指針になります。そして、この取り組みは大企業だけのものではなく、改善が成果に直結する中小企業にこそ大きな意味があります。アクセシビリティを「追加の対応」ではなく「あたりまえの設計思想」として捉え直すことが、すべての人に届くWebサイトへの第一歩になります。
記事監修

中谷 浩和
株式会社サンアンドムーン|代表取締役
1976年創業のデザイン事務所を前身に、Webコンサルティング・UI/UXデザインを専門とする。
国際標準のUX設計プロセスを学ぶ Google UX Design Professional Certificate を取得し、 上級ウェブ解析士 としてデータ主導のサイト改善にも精通。デザイン思考を軸に、ユーザー認知・行動・文脈からWebサイトの課題を捉え直し、成果につながる設計へ落とし込むことを使命としている。システム設計、フロントエンド技術、SEO・パフォーマンス改善まで技術知識を横断し、サイト全体を見通したディレクションを得意とする。自動車メーカー、銀行・クレジットカード、保険などの大手から中小企業まで、数値で検証しながら改善を積み重ねる実践的なコンサルティングを提供している。






























