今回取り上げるのは、9章「人はミスをする」の中でも特に実務への影響が大きいテーマ——「スリップ」と「ミステイク」という2種類の誤操作の違いです。
「ユーザーがまた間違えた」——そう思ったことがある方に、ぜひ読んでいただきたい内容です。実は、誤操作の多くはユーザーの不注意ではなく、設計の問題から生まれています。UXデザインの出発点を「人間理解」に置くとは、ミスを責めるのではなく、ミスが起きにくい構造を先につくる姿勢のことです。サンアンドムーンは、脳の仕組みに沿った設計を通じて、ユーザーが安心して操作できる体験をつくることを大切にしています。
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「またミスした」——その責任は、本当にユーザーにあるのか
フォームを送信しようとしたら、隣のリセットボタンを押してしまった。削除するつもりはなかったのに、データが消えていた。こうした経験は、Webを使っていれば誰もが一度はあるはずです。そして多くの場合、「自分が不注意だったせいだ」と自己嫌悪に陥ります。
しかし、Susan Weinschenkはこう述べています。人間はミスをするようにできている、と。これは人間を貶めているのではなく、むしろその逆です。脳は効率のために「自動処理」を多用しており、それがときにミスを引き起こします。問題はユーザーの能力ではなく、その自動処理が誤作動しやすい設計になっているかどうかです。
以前の記事「見えていても、伝わらない──誤操作を生む錯覚の構造」でも触れたように、ユーザーの操作ミスは設計が引き起こすことがほとんどです。今回はさらに一歩踏み込んで、ミスの「種類」を分けて考えてみましょう。
スリップとミステイク——2種類の誤操作を知る
認知心理学では、人間のミスを大きく「スリップ(slip)」と「ミステイク(mistake)」の2種類に分類します。この区別は、設計の改善方針をまったく変えるほど重要なものです。
スリップとは、「正しいことを知っているのに、やってしまう間違い」です。慣れた操作を無意識にこなしている最中に起こる、いわゆる「うっかりミス」です。たとえば、いつもは右にある「保存ボタン」が今日のフォームでは左にある。つい体が動いて右を押してしまう——これがスリップです。知識の問題ではなく、習慣と自動処理の問題です。
ミステイクとは、「誤った理解のもとで、正しいと思って行動してしまう間違い」です。ユーザーが「これで合っている」と信じているため、そもそも間違えたと気づきません。たとえば「確認メールを送信する」チェックボックスのデフォルトがオンになっていることに気づかず、意図せず送信してしまう——これがミステイクです。設計の情報提供が不十分であることが原因になりやすいです。
スリップは「わかっているのにやってしまう」、ミステイクは「わかっていないからやってしまう」。この違いを押さえることが、ミスを防ぐ設計の第一歩です。
脳の「自動処理」がスリップを生む仕組み
人間の脳は、同じ操作を繰り返すうちに「考えなくても動ける」状態を作り出します。自転車に乗るとき、いちいち「今どちらの足を踏み込むか」を考えませんよね。これが自動処理(オートパイロット)の働きです。日常の操作のほとんどは、この自動処理で賄われています。
しかしこの便利さには副作用があります。慣れた操作とわずかに異なるUIに出会ったとき、脳は無意識に「いつものパターン」で動こうとします。ボタンの位置が変わっていても、配色が変わっていても、脳は過去の経験を優先して動いてしまうのです。オペラント条件付けの観点でも、繰り返し経験した行動パターンは強化されており、容易に書き換えられません。
だからこそ、「慣習に反する配置」「似たような見た目のボタンを隣接させる」設計は、スリップの温床になります。ユーザーは悪くありません。脳の仕組みと戦わせる設計が悪いのです。
ミステイクを防ぐ——「理解の齟齬」をなくす設計
ミステイクはより厄介です。ユーザーは「正しく操作した」と思っているため、エラーが起きても原因に気づきにくく、修正のきっかけをつかめません。ミステイクが起きやすいのは、UIが持つ意味とユーザーのメンタルモデル(頭の中の理解)がズレているときです。
具体的には、こんな場面でミステイクが起きます。「公開範囲」の設定が「全員に公開」になっていることに気づかずに投稿してしまう。「次へ」ボタンが「確定・送信」の意味を持っているのに、単なる画面遷移だと思って押してしまう。専門用語が多く、ユーザーが自分の状況に置き換えて読めないため、誤って「該当する」を選んでしまう——どれも、情報の提供不足か、言葉の選択ミスが招くものです。
UIにおけるメタファーと意味の設計でも整理したとおり、ユーザーが「こういう意味だろう」と解釈できるかどうかは、言葉とビジュアルの組み合わせで大きく変わります。「送信」ではなく「確認画面へ進む」と書くだけで、ミステイクのリスクを下げられることもあります。
スリップとミステイクを減らす、設計の5つのヒント
スリップとミステイクは原因が異なるため、対策も違います。それぞれを意識した設計のポイントを整理します。
① 危険な操作は「遠く」に置く(スリップ対策)
削除・リセットなど不可逆な操作は、よく使うボタンから物理的に離して配置する。隣接していると、自動処理で誤って押してしまいます。
② 慣習的な配置・ラベルを崩さない(スリップ対策)
「OK」「キャンセル」の順番、「戻る」ボタンの位置など、ユーザーが体で覚えているパターンは尊重します。独自性を出そうとして慣習を崩すと、スリップが増えます。
③ アクションの意味を明示する(ミステイク対策)
「次へ」「送信」ではなく「確認画面へ進む」「内容を確定して送信する」のように、押したときに何が起こるかがわかるラベルにします。
④ デフォルト値を「安全側」に設定する(ミステイク対策)
チェックボックスやラジオボタンのデフォルト選択は、ユーザーにとってリスクの低い状態にします。「全員に公開」よりも「自分のみ」をデフォルトにするほうが親切です。
⑤ 「元に戻せる」設計を用意する(スリップ・ミステイク共通)
万が一ミスが起きても取り戻せる設計が、ユーザーの心理的安全をつくります。削除後のUndoトースト、送信前の確認ステップ、変更内容の保存通知——これらはすべて「間違えてもいいんだよ」というメッセージです。
まとめ
誤操作には「スリップ」と「ミステイク」の2種類があり、原因も対策もまったく異なります。スリップは脳の自動処理が引き起こすもの、ミステイクはメンタルモデルとUIのズレから生まれます。どちらも「ユーザーが悪い」のではなく、設計がそれを起こしやすくしているのです。危険な操作の配置を離す、アクションの意味を明示する、デフォルトを安全側にする、そして「元に戻せる」設計を用意する——こうした積み重ねが、ユーザーが安心して操作できる体験をつくります。ミスを責めるのではなく、ミスが起きにくい構造を先につくることが、信頼されるUXへの第一歩になります。
記事監修

中谷 浩和
株式会社サンアンドムーン|代表取締役
1976年創業のデザイン事務所を前身に、Webコンサルティング・UI/UXデザインを専門とする。
国際標準のUX設計プロセスを学ぶ Google UX Design Professional Certificate を取得し、 上級ウェブ解析士 としてデータ主導のサイト改善にも精通。デザイン思考を軸に、ユーザー認知・行動・文脈からWebサイトの課題を捉え直し、成果につながる設計へ落とし込むことを使命としている。システム設計、フロントエンド技術、SEO・パフォーマンス改善まで技術知識を横断し、サイト全体を見通したディレクションを得意とする。自動車メーカー、銀行・クレジットカード、保険などの大手から中小企業まで、数値で検証しながら改善を積み重ねる実践的なコンサルティングを提供している。





























