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マルチタスクという、いちばん大きな誤解|注意切替コスト

「ながら作業」が得意な人ほど、実は脳に大きな負担をかけている——そんな話を聞いたことはないでしょうか。私たちは複数のことを同時にこなしているつもりでも、脳の中では一つずつ高速で切り替えているだけ。今回は、その切り替えにかかる見えないコスト「注意切替コスト」を手がかりに、ユーザーの集中を奪わないUIの考え方を探ります。

資料を書きながらチャットに返信し、ついでにメールも確認する。仕事の合間に、こんな場面は珍しくないはずです。何でも同時にこなせる自分を、少し頼もしく感じたりもします。ところが作業を終えてみると、思ったより進んでいない。書きかけの一文を、もう一度読み直すところから再開した経験は、きっと誰にでもあります。私たちが「マルチタスク」と呼んでいるものの正体は、ここに隠れています。UXデザインの出発点も、まさにこの「人は本当はどう情報を扱っているのか」を見つめ直すところから始まります。

人はマルチタスクをしていない、ただ切り替えているだけ

少し意外かもしれませんが、人間の脳は二つの作業を文字どおり同時に処理することができません。私たちが同時進行と感じているのは、実際には注意の対象をすばやく行き来させている状態です。例外は、歩きながら話すといった、片方が考えなくてもできる自動的な動作のときだけ。文章を書くこととメッセージを読むことのように、どちらも頭を使う作業は、必ずどちらか一方が止まります。テレビを見ながら原稿を書けば、原稿は遅くなり、テレビの内容も頭に残らない。脳は、二兎を追うようにはできていないのです。

切り替えのたびに支払う、見えない「税金」

注意を別の対象へ移すたびに、脳は「いま何をしていたか」を一度しまい、「次は何をするか」を読み込み直します。この出し入れには、わずかですが確かな時間がかかります。一回ぶんは数秒にも満たない、ほんの小さな手間。けれど一日に何十回、何百回と切り替えていれば、塵も積もって山になります。しかも厄介なのは、時間だけでなくミスも増えること。中断のあとに戻ってきた作業ほど、入力ミスや見落としが起きやすくなります。この「見えない税金」を払い続けていることに、私たち自身はなかなか気づけません。ユーザーが集中力を保てるサイトは、この税金をそっと肩代わりしているのです。

画面が、ユーザーに切り替えを強いていないか

ここでWebの現場に話を戻しましょう。入力フォームの途中で別の案内が割り込む、申し込みの途中で関係のないお知らせが顔を出す——こうした設計は、ユーザーに小さな切り替えを何度も求めています。本人は「ちょっと確認しただけ」のつもりでも、脳は律儀に税金を支払い、もとの作業に戻る力をすり減らしていきます。だからこそ、一つの画面では一つのことに集中してもらう。関連する情報はできるだけ近くにまとめ、いま必要のないものは静かに引っ込めておく。ユーザーの注意をどう尊重するかという視点は、UXデザインとアテンション・エコノミーでも掘り下げています。画面の引き算は、そのままユーザーへの優しさになります。

「見落とし」も、注意の切り替えから生まれる

注意があちこちに分散すると、目の前にあるものさえ見えなくなります。大事なボタンを置いたのに気づいてもらえない、案内文を読み飛ばされてしまう。その多くは、ユーザーの不注意ではなく、注意が別のところへ引っぱられた結果です。さらに人の頭が一度に抱えられる情報の量には、もともと限りがあります。あれもこれもと詰め込めば、肝心なものほどこぼれ落ちていく。同時に処理させようとせず、順番に、一つずつ手渡していく設計が効いてきます。この「見えているのに見落とす」しくみについては、「選択的注意とは?見えているのに見落とす脳の仕組みとUX設計」もあわせてどうぞ。ユーザーの注意は、奪うものではなく、預かるものです。

まとめ

私たちはマルチタスクをしているようでいて、本当は注意を高速で切り替えているだけ——これが、いちばん大きな誤解でした。切り替えのたびに脳は時間とミスという見えない税金を払っており、それは知らないうちに集中力を削っていきます。Web設計でできるのは、ユーザーに不要な切り替えを強いないこと。一つの画面に一つの目的を据え、必要な情報をそっと近くに置くだけで、迷いはぐっと減ります。インタフェースデザインの心理学シリーズが見つめてきたのは、いつも「人の脳のクセに寄り添う」という一点です。ユーザーの注意を奪わず、そっと預かる設計を選ぶことが、本当に使いやすいWebへの第一歩になります。

記事監修

中谷 浩和

中谷 浩和

株式会社サンアンドムーン|代表取締役

1976年創業のデザイン事務所を前身に、Webコンサルティング・UI/UXデザインを専門とする。
国際標準のUX設計プロセスを学ぶ Google UX Design Professional Certificate を取得し、 上級ウェブ解析士 としてデータ主導のサイト改善にも精通。デザイン思考を軸に、ユーザー認知・行動・文脈からWebサイトの課題を捉え直し、成果につながる設計へ落とし込むことを使命としている。システム設計、フロントエンド技術、SEO・パフォーマンス改善まで技術知識を横断し、サイト全体を見通したディレクションを得意とする。自動車メーカー、銀行・クレジットカード、保険などの大手から中小企業まで、数値で検証しながら改善を積み重ねる実践的なコンサルティングを提供している。

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