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忘れることを前提にデザインする|外部記憶UI

「さっき何を調べようとしてたんだっけ?」——タブを開いた瞬間に目的を忘れた経験、ありませんか。あるいはショッピングサイトでお気に入りに追加したはずの商品が、次に訪れたときにはどこにあるかわからなくなっていたとか。これは決して集中力や記憶力の問題ではありません。人間の脳はもともと「短期的な情報をどんどん手放す」ように設計されているのです。UXデザインの出発点を「人は忘れる生き物である」という前提に置くことが、サンアンドムーンの設計思想のひとつです。

脳はなぜ「忘れる」のか

私たちの脳は、情報を無制限に保持するようには作られていません。特にワーキングメモリ(作業記憶)と呼ばれる「今この瞬間に使っている情報の一時保管場所」は、驚くほど容量が小さい。一般的には同時に保持できる情報のまとまりは4〜7個程度とされており、少しでも注意が逸れると内容はあっさり消えてしまいます。

これは脳の欠陥ではなく、むしろ生存のための合理的な設計です。どうでもいい情報を抱えたままでは、次の瞬間に必要な判断に集中できません。脳は意識的に「手放す」ことで、常に新鮮な注意力を確保しています。しかしその結果、私たちは日常のちょっとした情報——「あのページに戻りたい」「さっきの金額はいくらだったか」——を驚くほどあっけなく忘れてしまいます。

ちなみに、この「思い出す(再生)より、見て気づく(再認)方がずっと簡単」という現象については、以前の記事「情報は『思い出す』より『認識する』ほうが簡単」でも詳しく解説しています。脳の記憶特性をUIに活かす考え方の入口として、ぜひ合わせてお読みください。

「外部記憶」という概念——脳の外に記憶を置く

Susan Weinschenkは著書の中で、「外部記憶(external memory)」という考え方を紹介しています。記憶を脳の中だけに頼らず、環境の中に置くという発想です。メモを取る、カレンダーに書き込む、付箋を貼る——これらはすべて、脳の外に記憶を「預ける」行為です。人類はずっとそうやって認知の限界を補ってきました。

UIの世界でもまったく同じことができます。「ユーザーが覚えなくて済む設計」こそが、外部記憶UIの本質です。たとえばECサイトのカート機能は、「何を選んだか」をシステムが覚えておいてくれる外部記憶です。フォームの途中保存、閲覧履歴、「前回の検索条件」の記憶——これらすべてが、ユーザーのワーキングメモリへの負担を減らすための外部記憶UIといえます。

重要なのは、記憶を補うのではなく「記憶させないこと」を設計の目標に据える視点です。ユーザーに「覚えておいてください」と要求するUIは、脳に余計な荷物を背負わせるデザインです。一方で「システムが覚えておくから安心して先に進んでください」と言えるUIは、ユーザーの認知負荷をそっと引き受けてくれる存在になります。

WebサイトにおけるUI設計の実例

外部記憶UIの考え方は、Webサイトのあちこちに応用できます。まず最もわかりやすいのは「進捗の可視化」です。複数ステップに分かれたフォーム(資料請求、会員登録、購入手続きなど)では、「現在どのステップにいるか」「あと何ステップ残っているか」を視覚的に示すことが重要です。これはユーザーが自分の位置を覚えておく必要をなくし、安心して前進できる環境を作ります。以前ご紹介したゴール勾配効果と組み合わせることで、「あと少し」の感覚がさらにモチベーションを後押しします。

次に「入力内容の保持」です。フォームで途中まで入力したのに、誤って別のページに飛んでしまって全部消えた——この体験は、ユーザーにとって深刻なストレスです。入力内容を自動で一時保存しておくUIや、「ページを離れますか?」と確認を挟む設計は、ユーザーの努力を無駄にしない外部記憶の仕組みです。

また「文脈の再提示」も効果的です。ユーザーが再訪したとき、「前回ご覧になった商品」「前回の検索条件」「続きから読む」といった表示があると、脳は「またゼロから思い出す」作業をしなくて済みます。これは特に検討期間が長い高額商品や、複数回に分けて読まれるコンテンツで威力を発揮します。

「忘れる前提」が、やさしいUIを生む

外部記憶UIの考え方が面白いのは、ユーザーへの要求を下げることで、結果的にサービスへの信頼が上がる点です。「覚えておいてくれる」「途中で止めても大丈夫」という安心感は、ユーザーに心理的な余裕をもたらします。そしてその余裕が、次のアクションへの一歩を軽くします。

逆に、ユーザーに多くを記憶させようとするUIは、離脱を生みやすい。「前のページに書いてあった番号を入力してください」「ログインIDは登録メールに記載されています」——こうした設計は、ユーザーの短期記憶に頼りすぎています。脳は既にたくさんの情報を処理しながらWebサイトを訪れているのですから、余計な記憶の負担はなるべく省いてあげることが、思いやりのある設計です。

「ユーザーが何も覚えなくてもよいUI」——それは決して過剰なサービスではなく、人間の認知のしくみに誠実に向き合った、当たり前の設計思想です。脳の外に記憶を置いてあげること。それがユーザーとサービスの間に、静かな信頼を育てます。

まとめ

人間の脳はもともと「忘れる」ように設計されており、ワーキングメモリの容量は非常に限られています。Susan Weinschenkの「外部記憶」という概念は、記憶を脳の外——つまりUIの中に置くことで、ユーザーの認知負荷を根本から減らす設計思想です。進捗の可視化、入力内容の自動保存、文脈の再提示といった工夫がその実践例です。「ユーザーに覚えさせない」ことを設計の出発点に置くことが、使いやすく信頼されるWebサイトへの第一歩になります。

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