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社会貢献のためのユーザーエクスペリエンス──「誰のためか」を問い続ける設計

社会貢献のためのユーザーエクスペリエンス──「誰のためか」を問い続ける設計

ユーザーエクスペリエンスは、「使いやすい」「分かりやすい」だけで語り切れるものではありません。その設計が誰を支え、誰を取り残してしまうのか。視野をそこまで広げたとき、UXははじめて社会的な価値を帯びはじめます。

申込フォームを最後まで入力したのに、送信ボタンが小さすぎて何度も押し損ねた。そんな経験はありませんか。本人にとっては「ちょっと不便」で済む話でも、手が震えやすい方や画面が見えにくい方にとっては、その一歩がそのまま「使えない」に変わってしまいます。UXデザインの出発点を、「平均的な誰か」ではなく「目の前の一人ひとり」に置く。社会貢献のためのUXは、特別なプロジェクトやCSR活動ではなく、この問い直しから始まります。そして嬉しいことに、その問い直しは、明日からでも、いえ今日この瞬間からでも始められます。本記事では、その姿勢を支える視点を順に整理していきます。

1. 多様性を前提とするインクルーシブ思考

設計の出発点でつまずきやすいのが、「平均的なユーザー像」に寄りかかってしまうことです。年齢も、身体の状態も、使っている言語も、デジタルへの慣れも、人によって驚くほど違います。同じ予約ページでも、若い世代が数秒で終える操作を、はじめてオンライン予約に挑戦する方は、不安と戦いながらずいぶん長い時間をかけて進めているかもしれません。

おもしろいことに、「平均的なユーザー」というのは、実はどこにも実在しません。視力も、指の動きも、読む速さも、すべてが平均ぴったりという人を探すほうがむずかしいのです。平均に合わせて設計したつもりが、結果として誰にもぴったり合っていない、ということは案外よく起こります。日本語が母語でない方、はじめてその手続きに触れる方、片手で操作している方。少し想像を広げるだけで、画面の向こうにいる人の幅は一気に大きくなります。

インクルーシブな設計とは、特定の層に後から「配慮」を足すことではありません。最初から多様な前提を、設計の条件そのものに含める考え方です。文字は十分に大きいか。色の違いだけで情報を伝えていないか。専門用語を、当たり前のように並べていないか。こうした問いを一つずつ重ねる作業は、建物に最初からスロープを設けるようなものです。後付けの設備より、ずっと自然に、ずっと多くの人を迎え入れます。多様性を前提に置くことが、社会に開かれたUXの土台になります。

2. アクセシビリティを体験品質として捉える

アクセシビリティと聞くと、「チェックリストを埋める作業」を思い浮かべる方も多いかもしれません。けれど本質は、もっと前向きなところにあります。体験そのものの質を底上げする設計思想、と捉えると、見え方がずいぶん変わります。

たとえば、十分なコントラストを確保した配色は、視覚に不安のある方だけのものではありません。屋外で太陽に照らされた画面を見るとき、あるいは寝る前の薄暗い部屋でスマートフォンを眺めるとき、その配慮はすべての人を助けます。画像に添えた説明文も、読み上げ環境のためだけでなく、通信が遅くて画像が表示されないときの「保険」になります。キーボードだけで最後まで操作できるかどうか、という視点も同じです。マウスが使えない事情は、障害だけとは限りません。片手に荷物を抱えているとき、ケガで利き手が使えないとき、満員電車で吊り革を握っているとき。誰もが一時的に「操作しづらい人」になります。つまりアクセシビリティへの配慮は、特別な誰かのためではなく、いつか必ず自分にも返ってくる備えなのです。

これは、駅のスロープに似ています。車椅子の方のために作られたはずのスロープを、ベビーカーを押す人も、重いスーツケースを引く人も、ごく自然に使っている。誰かのための工夫が、いつのまにかみんなのための快適さに育っていく。だからこそ私たちは、アクセシビリティを「対応すべき項目」ではなく「体験を豊かにする設計」として扱います。設計の初期から組み込むことが、社会的な誠実さとブランドへの信頼を、同時に育てます。

3. 共感と問題定義に基づく設計

ユーザーは、いつも合理的に動いてくれるわけではありません。むしろ、迷い、急ぎ、不安を抱えながらボタンを押しています。「カートに入れたのに、結局買わなかった」。その裏には、送料への不安や、入力項目の多さへのうんざりが隠れているかもしれません。

やっかいなのは、人は「本当の理由」をうまく言葉にできないことです。アンケートで「価格が理由」と答えた方が、実は手続きの煩雑さで離れていた、ということは珍しくありません。だからこそ、数字の裏側にある気持ちまで想像する力が問われます。どこで手が止まるのか。どんな事情を抱えて、このページにたどり着いたのか。ペルソナを描き、解くべき問いを言葉にしていく作業は、地図を持たずに旅へ出ないのと同じです。行き先が曖昧なまま機能だけを足していけば、サイトはいつのまにか道に迷います。

私たちが大切にしているのは、「どう動かすか」より先に「なぜそうするのか」を知ろうとする順番です。社会に貢献するUXは、ユーザーを思いどおりに動かすことよりも、ユーザーを正しく理解することを優先します。理解が深まるほど、設計の精度は自然と上がっていくものです。

4. 透明性と誠実さを守る情報設計

UXには、人の行動をそっと後押しする力があります。力がある、ということは、使い方を誤れば人を惑わせることもできてしまう、ということでもあります。

分かりにくい料金表示、解約ボタンだけ妙に見つけにくいページ、必要以上に不安を煽るコピー。こうした設計は、短期的には数字を押し上げるかもしれません。けれど読者は、案外そのからくりに気づいています。「うまく乗せられた」という感覚は、静かに、しかし確実に信頼を削っていきます。一度「この会社はこういうやり方をする」と思われてしまうと、それを取り戻すには、ずいぶん長い時間がかかります。

信頼は、銀行口座のようなものだと考えると分かりやすいかもしれません。誠実なやりとりを重ねるたびに少しずつ貯まり、ごまかしが見つかった瞬間に大きく引き出されてしまう。誠実な情報設計とは、判断に必要な材料をきちんと差し出し、最後の選択は相手に委ねる姿勢です。良い接客と同じかもしれません。押し売りをせず、必要な情報をそろえて、「あとはご自身でお決めください」と一歩引く。その潔さが、また訪れたいと思える場所をつくります。透明性を守ることが、長く選ばれ続けるUXの条件になります。

5. 短期成果と長期信頼のバランス

コンバージョンや各種の指標を改善することは、もちろん大切な目標です。ただ、私たちはそこへもう一つの問いを並べて置くようにしています。「その設計は、信頼を積み上げているだろうか」という問いです。

目先の数字だけを追った設計は、短距離走としては速いかもしれません。けれど、無理のある導線や過度な演出は、一度きりの訪問で終わってしまいがちです。反対に、使っていて安心できる体験は、また戻ってきたくなり、誰かに勧めたくもなります。満足した一人が、知人にそっと教える。その小さな連鎖は、どんな広告よりも静かで、そして強い力を持っています。

社会的な責任とビジネスの成果は、しばしば対立するものとして語られます。実際には、そうとも限りません。誠実なUXは、ブランドの価値を静かに高め、問い合わせ対応の手間を減らし、運用そのものを軽くしてくれます。「困らせない設計」は、巡り巡って自社のコストも下げてくれるのです。短期と長期、両方の時計を見ながら設計することが、持続的な成長を支えます。

6. 継続的な改善という社会的責任

「誰のためか」という問いは、サイトを公開した瞬間にゴールするものではありません。むしろ、そこがスタートラインです。ユーザーの顔ぶれも、社会の空気も、季節が移ろうように変わっていきます。

昨日まで親切だった案内が、新しい利用者には不親切に感じられることもあります。世の中で当たり前になった操作の作法に、自社のサイトだけ取り残されている、ということも起こります。だからこそ、アクセスの動き、寄せられた声、問い合わせの内容。そうした手がかりから「体験のズレ」を読み取り、少しずつ整えていく姿勢が欠かせません。庭の手入れに近いかもしれません。植えて終わりではなく、水をやり、伸びすぎた枝を払い、季節ごとに表情を変えながら育てていきます。

公開後にこそ本当の対話が始まる、と言ってもいいでしょう。小さな違和感を拾い、ためらわずに手を入れていく。社会貢献のためのUXに、どこかに用意された完成形があるわけではありません。問い続け、手を入れ続けるプロセスそのものに、価値が宿ります。

7. 言葉のやさしさが、体験のやさしさになる

画面の中で、もっとも人と近いところにいるのは、実は「言葉」です。ボタンに書かれた一語、入力に失敗したときに出るひとこと、手続きが終わったあとのお礼の表示。どれも短いのに、受け取る側の気持ちを大きく左右します。

たとえば、入力をやり直すよう促す場面を思い浮かべてください。「エラー:入力が不正です」と突き放されると、自分が責められたような気持ちになります。一方で、「郵便番号は7桁の数字でご入力ください」と具体的に教えてもらえれば、すっと次の一歩に進めます。同じ「やり直してほしい」でも、言葉のかけ方ひとつで、体験のやさしさはまるで変わります。困っている人をそっと支えるのか、それとも置いていくのか。その分かれ道は、たいてい小さな一文の中にあります。

専門用語をかみくだき、相手の状況を思いやり、必要なときには「大丈夫ですよ」と一声添える。難しい技術がなくても、今日から始められる社会貢献の形です。やさしい言葉を選ぶことは、画面の向こうにいる一人を思いやることと、ほとんど同じ意味を持ちます。

8. 「誰のためか」をチームの合言葉にする

ここまでの視点は、デザイナー一人の心がけだけで実現するものではありません。価格を決める人、文章を書く人、システムをつくる人。それぞれの判断が少しずつ積み重なって、最終的な体験ができあがります。誰か一人が頑張っても、別の誰かが「とりあえず数字が伸びればいい」と考えていれば、やさしさはどこかでこぼれ落ちてしまいます。

中小企業では、一人が何役もこなすことが珍しくありません。だからこそ、「誰のためか」という問いを、特別な役職の仕事にしないことが大事になります。会議の片隅で「これ、はじめて来た人にも分かるかな」と一言投げかける。その小さな習慣が、チーム全体の判断の質を静かに底上げしていきます。立派なガイドラインを一冊つくるより、合言葉が一つ共有されているほうが、現場ではずっと効くものです。

私たちサンアンドムーンがお手伝いする場面でも、最初にそろえるのはツールや手法ではなく、この問いそのものです。みんなが同じ問いを持てたとき、設計は驚くほど揺らがなくなります。

まとめ

社会貢献のためのユーザーエクスペリエンスは、「誰のためか」という問いを設計の真ん中に置き続ける姿勢から始まります。多様性を前提にすること。アクセシビリティを体験の質として捉えること。共感から問題を定義し、透明性のある情報設計で選択を尊重し、長期的な信頼まで見据えて判断すること。どれも特別な才能が要る話ではなく、日々の小さな設計判断の積み重ねです。私たちサンアンドムーンは、その一つひとつの判断に「誰のためか」という問いを添えていくことを大切にしています。目の前の一人を取り残さない設計を選ぶことが、社会にもブランドにも信頼される体験への第一歩になります。

記事監修

中谷 浩和

中谷 浩和

株式会社サンアンドムーン|代表取締役

1976年創業のデザイン事務所を前身に、Webコンサルティング・UI/UXデザインを専門とする。
国際標準のUX設計プロセスを学ぶ Google UX Design Professional Certificate を取得し、 上級ウェブ解析士 としてデータ主導のサイト改善にも精通。デザイン思考を軸に、ユーザー認知・行動・文脈からWebサイトの課題を捉え直し、成果につながる設計へ落とし込むことを使命としている。システム設計、フロントエンド技術、SEO・パフォーマンス改善まで技術知識を横断し、サイト全体を見通したディレクションを得意とする。自動車メーカー、銀行・クレジットカード、保険などの大手から中小企業まで、数値で検証しながら改善を積み重ねる実践的なコンサルティングを提供している。

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