第8回では、間違いが起きた理由を、人と仕組みの両方から考えました。今回は、使う人が何を知っていれば、道具や画面を使えるのかを考えます。
たとえば、100円玉の模様や文字の位置を思い出して、描いてみるとします。細かいところは迷っても、手元の硬貨を見て100円玉を選び、支払いに使えることはあるでしょう。模様を全部覚えることと、支払いができることは別です。
「近似のモデル」──必要なところを押さえた、大まかな理解
「近似(きんじ)」は、完全に同じではなく、だいたい近いという意味です。この記事では、細部を全部知らなくても、使うために必要なところを押さえた理解を「近似のモデル(approximate model)」と呼びます。
硬貨で支払うなら、いくらの硬貨かが分かり、合計金額が確かめられれば使えます。模様の細部まで覚えている必要はありません。反対に、硬貨の絵を正確に描くなら、模様や文字の位置も詳しく見る必要があります。何をするかによって、必要な情報は変わります。
ここで支払いを助けているのは、記憶だけではありません。手元の硬貨を見れば、数字や大きさを手がかりに金額を確かめられます。頭の中で細部を再現できなくても、目の前の情報で判断を補えるのです。
ノーマンは、人は細部まで正確に覚えるだけでなく、物事の意味を大まかにつかんで理解すると述べています。Norman「Being Analog」 この考え方から、画面をつくるときも、使う人に何を覚えてもらう必要があるかを見直せます。
宛先を選ぶなら、全部覚えなくても探せるようにする
たとえば、メールを送る相手の名前は覚えていても、メールアドレスまでは覚えていないとします。名前の一部を入れると候補が出る画面なら、アドレスを全部覚えなくても相手を探せます。
アドレスを一文字ずつ正確に入力する画面では、覚えていなければ、別の場所で調べて戻ってくることもあります。候補を表示する画面なら、思い出せる部分を手がかりに、表示された情報を見ながら相手を探せます。
同じ名前の人がいるときは、学校名や会社名なども一緒に表示すると、見分ける手がかりになります。そして、送る前には、選んだ相手の名前とメールアドレスを画面で確かめられるようにします。
確認に必要な情報は、候補を選んだあとも見えるようにしておきます。たとえば、選択後に名前だけが残ると、同名の相手を見分けるために一覧へ戻ることがあります。学校名や会社名、メールアドレスを送信前にも見られれば、その場で選び間違いを確かめられます。
ここでは、思い出す負担を減らすことと、宛先を間違えないための確認を組み合わせています。候補を出すところは画面が助け、誰に送るかは本人が確かめて決めます。
ノーマンも、入力の書き方を人に覚えさせる負担と、機械が人の意図を読み違える危険を指摘しています。Norman「Compliance and Tolerance」 この例でも、画面が「たぶんこの人だろう」と決めて、確認なしに送ってしまうことは避けます。
使う人に全部を暗記してもらうのではなく、必要な情報を画面で見られるようにする。間違えると困るところは、本人が確かめられるようにする。この二つを考えると、覚えやすさだけに頼らず、使いやすい画面をつくれます。
記憶を助ける工夫は、忘れることを前提にデザインする|外部記憶UIでも紹介しています。自社サイトで何を表示し、どこで確認できるようにするかの見直しには、UI/UXコンサルティングをご案内しています。
参考文献
この記事の作成に参照した資料
硬貨の模様を全部覚えていなくても、金額が分かれば支払いに使えます。画面でも、覚えていない情報を見つけられるようにすれば、使う人を助けられます。私たちサンアンドムーンは、何を覚えてもらうかだけでなく、何を画面に示し、どこで確かめられるようにするかを考えます。
執筆・監修

株式会社サンアンドムーン|代表取締役
1976年創業のデザイン事務所を前身に、Webコンサルティング・UI/UXデザインを専門とする。国際標準のUX設計プロセスを学ぶ Google UX Design Professional Certificate を取得し、上級ウェブ解析士 としてデータ主導のサイト改善にも精通。Google Project Management Professional Certificateも取得。デザイン思考を軸に、ユーザー認知・行動・文脈からWebサイトの課題を捉え直し、成果につながる設計へ落とし込むことを使命としている。システム設計、フロントエンド技術、SEO・パフォーマンス改善まで技術知識を横断し、サイト全体を見通したディレクションを得意とする。自動車メーカー、銀行・クレジットカード、保険などの大手から中小企業まで、数値で検証しながら改善を積み重ねる実践的なコンサルティングを提供している。



































